第63号

消防法の一部改正の問題点と全消協の取り組みについて

  2001年9月1日に44人の死者と3人の負傷者を出した新宿歌舞伎町雑居ビル火災以降、総務省消防庁において小規模雑居ビルの防火安全対策が検討されてきた。これを受けて、消防職員の措置命令の拡大等を柱とした消防法の一部改正案が国会に上程され、本年4月衆参両院で全会一致で可決された。国会審議の経過と一部改正された消防法の問題点および全消協の今後の取り組みについて考察する。
 


 今回消防法の一部改正の取り組みとして、三重県消協において、法案の問題点と法案に反映すべき課題について高橋千秋参議院議員との間で勉強会を開催した。このあと高橋議員は、参議院総務委員会の場で、勉強会などで出された課題について代表質問した。その結果、衆参両院とも付帯決議(資料1)として意見反映することができた。また、参議院では衆議院より踏み込んで、「消防法令違反の是正のための研修要員を確保するため、十分な財政措置を講ずること」とする加筆がされた。
 全消協は今後、自治労と総務省消防庁との政府予算概算要求期要求時にこの内容を反映するよう自治労へ働きかけるなど、関係機関と連携しながら取り組みを強化する。

1 消防法一部改正の主な内容

(1)違反是正の徹底
1. 使用停止命令等の発動要件の明確化(第3条、第5条、第5条の2、第16条の3)
2. 消防吏員による防火対象物に対する命令(第5条の3)
3. 立入検査の時間的制約及び事前通告制の廃止(第4条)
4. 措置命令後の公示
 (第5条第3項、第5条の2第2項、第5条の3第5項、第8条第5項、第8条の2第4項、第17条の4第2項等)
5. 行政代執行の要件緩和(第3条第4項、第5条第2項、第5条の3第5項、第16条の3第3項及び第4項、第16条の6)
6. 罰則の引き上げ、両罰の強化(第39条の2〜第44条、第45条)
7. 消防長等の関係行政機関への照会等(第35条の10)

(2)防火管理の徹底
1. 防火管理に係る命令違反等に対する措置の強化〈上記〉
2. 防火対象物の定期点検報告制度の導入(第8条の2の2等)
3. 消防用設備等の点検義務対象物の範囲の拡大

(3)避難・安全基準の強化
1. 避難施設・防火設備の管理の義務付け(第8条の2の4)
2. みだりに存置された物件の除去命令権の創設(第5条の3第1項)〈命令違反の場合、防火対象物の使用停止命令等(第5条の2第1項)〉
3. 自動火災報知設備の設置対象拡大、再鳴動機能、階段室感知器基準の見直し(消防法17条を根拠に消防法施行令を一部改正)

2 改正に伴う問題点

(1)消防吏員に求められる能力
 1.行政措置権とは、法に基づく命令又は代執行により、強制的に違反の是正を促す行為をいうものである。行政措置権の行使については命令権者(消防長・消防署長又は消防吏員)の自由裁量行為ではある。しかし、重大な違反があるにも係わらず行政措置権を行使せず、行政指導の段階にとどめていた防火対象物から、死傷者が出るような火災が発生した場合、国家賠償法第1条に基づく損害賠償責任の問題が生じるおそれがある。なぜならば、行政措置権を行使せず、著しく合理性を欠くと認められる場合、裁量権の乱用=違法な不作為として、行政機関の不作為責任が問われるからである。また、それだけではなく、「消防」という行政機関の責任を問う世論の厳しい指弾を受けることは容易に予測できる。
 2.現行消防法では、措置命令(3条・5条)における発動要件が「火災の予防上必要或いは危険・火災が発生した場合の人命危険」といった抽象的表現となっている。発動する場合には「逼迫した」火災発生等の危険性が客観的に認められなければならないとした運用が行われている。この度の改正では、違反のある防火対象物に対する措置命令の発動要件を明確化することと、消防吏員による即時強制権の範囲の拡大を行うとしている。しかし、重大な違反が認められ、措置命令をしようとしても、その違反の事実に逼迫した危険性と客観性の立証が求められ、また、違反を発見して命令の発動までには、改善の「指導・勧告・警告」といった強制的行政指導といわれる手続き、及び、是正について相手側の意志確認をした上での「命令」の発動となる。違反=即刻「命令」の発動とはならない点につき注意が必要である。
 3.今後の消防吏員による立入検査には、裁量権の乱用として不作為責任が問われないよう、火災・防火安全上、著しい危険性があると認められる客観性又は違反の事実が具体的に存在しているかを立証できる能力(知識)が必要である。

(2)違反対象物の公示制度との関係
 現在、旅館・ホテル、百貨店等、不特定多数の者が出入りする一定の防火対象物については、「防火対象物表示・公表制度」により、消防法令・建築基準法令から見て、適切に維持管理がなされていると認められる場合には、適合している旨を当該防火対象物に表示している。
 1.この度の改正には、違反是正に係る措置命令が発せられた段階で、その違反の事実を表した「標識」等により、当該防火対象物に公示しなければならないことになっている。しかし、この違反公示も、措置命令を発した段階でのものであり、違反の発生から命令に至るまでの間は公示できない制度であるともいえる。すなわち、市民・利用者に違反のある対象物であることを即刻に報せることができないのである。
 2.また、この違反公示は消防法令違反があり措置命令を受けた対象物である旨を公示するという制度であり、消防法令等に適合している旨を表示している従前の表示制度とは、明確に異なるものであることを市民に周知する必要がある。

(資料1)

付帯決議

【衆議院】
<第154回国会 総務委員会平成14年4月4日(木曜日)>
 一、防火対象物の避難経路における多量の物件の存置、消防用設備等の設置維持に関する重大な違反等があって、消防法第五条等の要件を満たす場合において、警告を発した後、履行期限内に違反是正がなされないときは、速やかに措置命令を発動すべき旨を地方公共団体に対してマニュアル、通知等で周知すること。
 二、違反是正等の予防事務を担当する職員の対応能力を強化するため研修制度を充実する等、職員の資質向上に努めること。
 三、雑居ビルその他管理権原が分かれている防火対象物の増加に鑑み、消防機関は、これらの防火対象物全体の自主的な防火管理体制が充実されるよう指導に努めるものとし、このための組織や体制の整備を徹底すること。
 四、多数の死者が発生するなど社会的影響が極めて大きい火災、燃焼の性状が特殊である火災であって、通常の火災原因調査ではその原因究明が困難と考えられるものが発生した場合等には、消防法第三十五条の三の二による消防庁長官の火災原因調査を速やかに求めるべきことについて地方公共団体に対し周知すること。
 五、今後、地方公共団体から求めがないときであっても、消防庁長官が大規模火災等の原因調査を実施できるよう制度や体制の整備に努めること。

【参議院】
<第154回国会 総務委員会 平成14年4月18日(木曜日)>
 一、防火対象物の避難経路における避難に支障となる物件の存置、消防用設備等の設置維持に関する重大な違反等があり、消防法第五条等の要件を満たす場合において、警告を発した後、履行期限内に違反是正がなされないときは、速やかに措置命令を発動すべき旨を地方公共団体に対し、マニュアル、通知等で周知すること。
 二、消防法令違反の是正等の予防事務を担当する職員の対応能力の強化を図るため、研修制度の充実等により、職員の資質向上に努めるとともに、専門的職員の育成及び研修要員を確保するため、十分な財政措置を講ずること。
 三、防火対象物の定期点検報告制度の導入に当たっては、管理権原者による確実かつ円滑な点検の実施に向け、消防機関が、その周知徹底に努めることができるよう、必要な措置を講ずること。
 四、雑居ビル等管理権原が分かれている防火対象物の増加にかんがみ、管理権原者により共同して防火管理を行うなど、防火対象物全体の自主的な防火管理の充実のため、消防機関において十分な指導を行うことができるよう、組織や体制の整備を推進すること。
 五、多数の死者が発生するなど悲惨な事態を招いた火災、燃焼の性状が特殊な火災であり、通常の火災原因調査ではその原因究明が困難と考えられるものが発生した場合等には、消防法第三十五条の三の二による消防庁長官の火災原因調査を速やかに求めるべきことについて地方公共団体に対し周知すること。
 六、今後、地方公共団体から求めがない場合においても、消防庁長官が大規模火災等の原因調査を実施できるよう、制度や体制の整備に努めること。また、これらの火災を含め大規模な災害等に対し、より迅速・有効に対応できるよう、消防防災体制の充実強化策について速やかに具体的な検討を進めること。