1. ILO(国際労働機関)の概要

1.条約・勧告の採択までの流れ

ILOのほとんどの会合に、労働者の代表が政府代表や使用者の代表と対等な立場で参加できる「三者構成主義」という基本運営原則が採られている。「三者構成主義」は国連をはじめとする他の国際機関には見られない、ILO独自の民主制の強い制度である。
条約と勧告は、毎年6月にジュネーブの本部で開かれるILO総会で、政労使三者代表による審議の後、3分の2の多数決で採択される(3分の2の原則は、政府側代表全員、また逆に、労使側代表全員の賛成投票だけでは採択できないことを意味する)。
総会で審議されるためには、総会の議題となることが必要だが、これはILO理事会または総会自身の手で決定される。議題について提案できるのは、(1)加盟国の政府(2)最も代表的・全国的・国際的労使団体(3)国際政府間機関の3つである。

2.基準の適用監視

 採択された条約・勧告も各国でできるだけ適用されなければ意味がなく、このためにILOでは適用状況の審査・条約批准促進の仕組みを設けている。
 毎年の総会で条約や勧告が採択されると、先にも言及したように各国政府はその基準の国内適用について、情報・報告をILO事務局に提出しなければならない。こうして出された報告をまとめた上で審議のため、毎年の総会に提出する流れである。しかし、こうした報告は非常に膨大な数であり、3週間ほどの総会日程での検討は不可能なため、条約・勧告に関する国際的な専門家で構成する独立した委員会をつくり、技術上の予備審査はここで、結果は総会において政労使三者構成の委員会でさらに検討する。前者を条約勧告適用専門家委員会(以下、専門家委員会)、後者を基準(条約・勧告)適用総会委員会(以下、総会委員会)という。
(1)専門家委員会は11〜12月にかけて開催される。この委員会は独立性が強く、国際法、労働法について卓越した専門家(20人)で構成されている。加盟国が送付してきた年次報告などの検討を行い、結論が1つの報告書となって各国政府に送付される。またこれは,総会にも議題資料として提出される。同委員会は司法的立場になく、条約解釈の最終判断を下す権限を有するのは、ハーグの国際司法裁判所である。しかしながら、国際司法裁判所が利用されていない現状に留意すると、同委員会の判断は、国際労働基準に関する判例的な効果を有するといえる。(条約の最終的解釈権はILO憲章37条により、国際司法裁判所にある。)

条約・勧告違反の事例を自・他国に関係なく労働組合等の団体からILOに報告
専門家委員会で審査(報告文書10月締切)
専門家委員会での見解(12月)
(1)直接請求 条約適用上の疑問点につき直接政府に質問状を送り、対応を求める。
  内容につき公表されない。
  条約の適用状況に関する情報が不十分であるため、委員会として事実関係を把握したい場合や一般に公表する前に当該政府による是正措置を期待する場合に行う。
(2)意見 内容につき公表される。
何年か継続して直接請求され、立法上の改善措置が見られない場合や
条約不履行の程度につき引き続き何年も放置できない場合に行う。
ILO理事会で確認(翌年3月)
ILO総会での審査資料に(6月)
 

(2)一方、総会に付属する総会委員会は、専門家委員会が指摘した問題を論議するILO監視業務の重要な委員会である(総会中に開催)。つまり専門家委員会が指摘した、現在生じている重要な案件を審議し、的確な是正方法を見つけ、それを実行させることが任務である。
 ここでは専門家委員会からの一般報告を基にした各国別の個別審査がなされる(日本政府は何度も審査の場に呼ばれた。結社の自由を定めた87号、団結権・団結交渉権の98号条約に関し、特にスト処分や消防職員の団結権問題についてである)。報告義務や条例実施を怠っているとの、前述の一般報告で指摘された国のうちリストにあげられた何カ国かに関する喚問である。個別審査にあげられるケースには、主に「途上国における労働組合活動家や少数民族に対する人権侵害」と、「条約や国内法の解釈論的差異」がある。前者の場合は、ILOの場で議論し、国際世論によって当該政府に圧力をかけることで、早期に解決を促されるものとされている。後者では、国内においてもナショナルセンターをはじめとする労組が一定の影響力を持ち、時間を要するが、専門家委員会が納得するような解決に向けて政府に対する働きかけも着実に行っていくことが求められている。
 ここでは指摘された問題点について、政府代表が追加情報の提供・現状説明を行い、労使グループの各議長が見解を表明、政府に質問を行う。これら審議されたものが本会議に報告される。この中で特に重大な違反ケースについては総会での注意を喚起するため、報告書本文の「スペシャルパラグラフ」と呼ばれる部分に記載されることとなる。これはILOからの最も厳しい批判で、ここに記載されることは当該国にとって、極めて不名誉なことなのである。この委員会では条約・勧告の適用について利害が必ずしも一致しない政労使三者の間で激しい討論が交わされることが多い。

(3)監視機構は他に、結社の自由に関する実情調査委員会と結社の自由委員会がある。現在では前者よりも後者で実質的な手続きをすることが一般化している。名前通り、ほとんど審査の対象が結社の自由(組合権)に特化していること、結社の自由に関する一連の条約を批准していない場合でも、監視・審理手続きが進行する点で特徴的である。
 日本についていえば、1965年の87号条約批准以前、直後は結社の自由委員会で数多くのケースが採り上げられた(72年の公労協、公務員共闘の労働基本権全般に関する大型提訴、82年の人事院勧告凍結に対する公務員共闘の提訴)。近年は専門家委員会に多くがまわっているが日本の案件は、投獄・拷問・殺人といった赤裸々な、物理的組合弾圧というよりも、法律上の問題が多く、むしろ専門家委員会の法律的審査に適しているといえるようである。

※ILO第87号・第97号条約

ILO(国際労働機関)第87号条約・第98号条約は、同機関の中核的基本条約である(日本は両条約とも批准済み)。87号(結社の自由)は団体設立・加入の権利を保障し、98号(団結権及び団体交渉権)は労働条件の労働協約による決定、団体交渉の奨励等を規定する。前者は消防職員の団結否認により87号が日本の国内法に適用されず、後者は98号が定めた「国の行政に従事する公務員」への同条約適用除外を政府が「公務員」全てと捉え、団結権制限の問題がある。両条約の理念は反映されていないが、公務員の労働基本権回復の理論的根拠として大きな意味を持つ。